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大久野島のウサギの為の要望書
11/5/26、 本日、大久野島のウサギの救護・繁殖抑制及び適正管理に関する要望書を、環境省 中国四国地方環境事務所長と竹原市長宛てに送付しました。署名は引き続き集め、後日あらためて提出します。 10月8日に始めた署名には、すでに2,600人以上の方が賛同してくださいました。本当にありがとうございます。 それでも、この署名を知らない方はまだ多いようです。署名はこれからも続きます。 まだの方は、ぜひご署名ください(無料・約1分)。署名済みの方は、お知り合いに広めていただけると嬉しいです。 今日も、骨折した子ウサギが島で目撃されました。島には、傷ついたウサギを治療につなぐ仕組みがありません。 救いの手が届かないのは、おかしいと思いませんか? 大久野島のウサギたちを、このまま放置してよいはずがありません。 署名のリンクは Change.org/okunoshimarabbitwelfare ※署名に寄付は必要ありません。
junkoroberson
3 時間前読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その24 二ギちゃん
二ギちゃんのルックスは突出していた. 二ギちゃんはいつもパートナーと一緒だった 11/1/26 思い出深いウサギなら、二ギちゃんは当然、入っているだろう、と思われるので書いてみようと思うが、私にとってこのウサギの印象は極端に薄い。 思い出深くない理由はニギちゃんが健康なウサギだったからだと思う。 おにぎり顔の二ギちゃんというウサギ。 そのインパクトのある顔に一回会ったら、忘れられなかったのではないだろうか? その顔をよく見ると、黒い毛で目立たない目はクリクリしていて可愛いのだが、遠目にはおにぎり顔にしか見えない。 パートナーとよくいつも一緒にいたウサギであったが、全く人に媚びない為、私にはキャピキャピしたウサギには見えなかった。 二ギちゃんは”思い出深いウサギ達 その2”のネッキーというウサギによりテリトリーから執拗に追い回された挙句、消え去った(死亡?)うさぎとしても知られていた。 私はこの2匹の争いを見ていないのでその顛末は知らないが、往々にして起こるのは、ライオンなどの動物の群れでも見られるように、古いボスは若い者に追い出されるという現象で
junkoroberson
4 日前読了時間: 2分


ウサギの管理がされない大久野島で起きたウサギ大量殺傷事件
フウマの左足の指複数は骨を含め切られていた 回復後のフウマ シフウの顔と喉は切り裂かれていた 回復後のシフウ 右後ろ脚を開放複雑骨折のオースティン 骨が壊死した皮膚から突き出していた 右後ろ足の断脚を余儀なくされたオースティン 10/28/26 2024年から2025年に起きたウサギ大量殺害事件。100匹近くが殺されたり傷つけられた痛ましい事件だった。 虐待の被害者であった可能性の高かった3匹、フウマ、シフウ、オースティンは2024年12月から2025年2月にかけて医療救出された。 左足の指複数が骨を含めて欠損していたフウマ。 顔の周り、喉を切られたシフウ。 開放複雑骨折で壊死した皮膚から骨が突き出していたオースティン。 どのウサギも自然に起こった怪我とは考えにくいと担当医はコメント、実際この3匹の事は犯人が捕まった後、竹原警察署に通報されている。 3匹とも究極の恐怖を経験して心も身体も傷ついたウサギ達だった。 ウサギの管理がされてない大久野島で起こった痛ましい事件。 そんなウサギ達は現在に至っても管理される事はなく、病気だけでなく事故か故意かわ
junkoroberson
10月29日読了時間: 2分


大久野島のウサギに救済の手が届く日は来るのか? (保護制度を求める署名)
今日も病気のウサギは数多い。 誰からも救いの手が差し伸べられる事はない。。 10/25/26 署名をする人は、大久野島のウサギを助けるべきだという人。署名を躊躇う人は不妊化を支持しなかったり、野生化したウサギに救済の手を差し伸べるべきではないと思っている場合でしょう。 大久野島に行って楽しい思いをした人には不妊化に極度の反発を覚えるかもしれません。しかも、病気や怪我のウサギに気づかなければ、この問題に対する意識も低いはずです。ウサギ達が何の管理もされてない事実を知る由もありません。 大久野島をサステナブルな観光地としてウサギのケアを求める場合、現在のウサギの数、ウサギの生息エリアから考えても現実的に到底、無理があります。数は一定数に減らし、生息エリアも限定する方向にしなければ、ウサギ救済のリクエストは絵に描いた餅に過ぎません。 環境省の”自然は自然のままに”という方針は、観光客が行う餌やり、水やりと真っ向から対立しています。 自然のままに、を受け入れるのなら餌も水をあげるのは間違っています。 餌やり、水やりをするのであれば、愛護動物として定義づけ
junkoroberson
10月26日読了時間: 3分


誰が大久野島のウサギの為に代弁するのか?
10/22/26 Pic 1/2は2025年11月に観光客に踏まれて(目撃者あり)、救出されたものの大腿骨、骨盤など4箇所を骨折し4日後に死亡したノアちゃん。 Pic 3/4は同じ11月に何者かによって踏まれ、首と顎の骨折、中耳の骨が粉砕したにもかかわらず懸命な手当で一命を取り留めたものの、後遺症が残って現在も月一度の歯科治療を余儀なくされたキキちゃん。いずれも体重約500g。 大久野島のウサギが観光に利用されている以上、本来、行政が行うべき治療であったと思う。 ルールを破って救出に関わった者に対する批判。寄付を集めて救出活動に関わる者に対する終わりのない誹謗中傷。 命を救う事がそんなに悪いのだろうか? 傷ついたウサギのパーセンテージが低いから別にいいのでは?などのコメントを見るたびに、この署名運動は成功しないのではと心がえぐられる思いだ。 今日は元気でも明日には病気や怪我をしているかもしれないウサギ達。 貴方はそのウサギ達に、行政がケアしないと決めてるから助けないよ、と言うのだろうか? それとも、これは間違っている。命を使い捨てにする観光業に責
junkoroberson
10月23日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その23 ロップ
ロップは様々の問題を抱えていた 左腿は不自然に突き出てきた 咬み傷? 膿瘍もあった 10/18/26 三軒家毒ガス貯蔵庫跡近くに住んでいたロップと呼ばれたウサギは片耳だけが下がっていてびっこを引いていた。脚の片側が不自然に突き出ていた。それ以外にも咬み傷や膿瘍もあった。 複数の問題を抱えたロップは、追われながら食べ物を確保するのに苦戦していた。 病気や怪我をしてるウサギに十分にエサをやる事は往々にして困難だ。他のウサギが群がるエサに一緒に食べようとすると、追われたり、臆病になってエサに近づけない。結果、他のウサギ達のお腹を十分満たした後にあげるか、2人がかりで分けてエサをやる羽目になる。 自然界では食べ物が全てだ。 弱肉強食の自然界でこのように傷ついたウサギが生存競争に勝たねばならないとは、家ウサギにとってあまりに酷な話ではないか? 3ヶ月後に島に戻った時、ロップはもう居なかった。
junkoroberson
10月19日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その22 ヒカちゃん
初めて見たヒカちゃんの顔は崩れていた 最後に見たヒカちゃんの顔は最初の時より良くはなっていた 10/16/26 思い出深いウサギ達 その22 ヒカちゃん ヒカちゃんと呼ばれたウサギは顔が崩れていた。見た瞬間のインパクトは言葉に表わし難く、何故このような事になってしまったのか多くの人が困惑した。 見た目は悲惨だったが、食欲旺盛であり本人は気にする様子もなく、暮らしていたようだ。 一時期は多少回復していたが結果的に、2年足らずで消えている。 ヒカちゃんの顔の崩れはなんらかの感染症を患ったものだったと思うが、住んでる不衛生な環境を考えれば、咬み傷から簡単に化膿するのだから不思議な事でもなんでもない。 島に定期的に通うようになると、病気、怪我、死亡というどれをとっても悲惨な状況に慣れてしまう事だ。 慣れとは恐ろしい。 大久野島のうさぎの在り方を諦めに近い気持ちで真実から目を背け、正当化するのはやめよう。 ウサギ達があってはならない状況に置かれている事を忘れてはならない。
junkoroberson
10月17日読了時間: 1分


忘れ去られる大久野島のウサギ達
あり得ない方向に足は向いていた 痛みは相当なものだったはず 助けを待っていただろう 10/15/26 脚を折った子ウサギがいた。ホテル前の広場にいて、多くの人の目に触れたはずだ。 脚は折れて、その足は反対の方向に向いていた。 痛いのだろう。その顔を見ただけで痛みに耐えているのがわかる。 誰も何もしようとしない。 サインで島から連れ出してはいけないとある。だから、助けない? ここのウサギ達は管理されケアされるのだろう、という誤解。 誰もが”可哀想”という言葉を発しながら、次のウサギへ移動しエサをやりにいく。 このウサギはもちろん亡くなりました。 何もしないと大久野島のウサギの処遇は何も変わりません。 自信を持って断言できます。 ウサギ達は救われることなく、観光の犠牲になり産まれては死んでいく負のサイクルが未来永劫、続きます。 貴方ならどうしますか? 見てみぬふりをしますか? それとも声をあげて何とかこの状況を変えようと思いますか? 署名運動を立ち上げています。(@junkohikingのプロフィールのリンク) 大久野島ラビットウェルフェアサイト(o
junkoroberson
10月16日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その21 オークランド
オークランドは左後ろ足を挫いていた 挫いたレベルでも他のウサギ達から距離をとった 4ヶ月後に会ったオークランドは元気だったが、それが最後に会えた時になってしまった 10/14/26 大久野島にウサギを捨てにくる人間がいる。 大久野島はウサギの楽園だから、うさぎは幸せだろうと自らのペットを捨てたり、場合によっては繁殖できなくなって老いたウサギをブリーダーが捨てるというものだ。 捨てられたウサギは明らかに大久野島に住んでいない事がわかるそうだ。怯えて1人でじっとしていてルックスも島のうさぎとは違うのがわかる。 多くの場合、捨てられたうさぎは島で生き残れない。幸せに暮らせるなどと思って捨てるなど絶対にしてはいけない。 過酷な環境の中でも数は少ないが生き残れたウサギの子孫も存在する。 オークランドと名付けたオターうさぎは今はなきアメフトのオークランドレーダーズのカラーをしていた。 足を怪我していて他のウサギ達から距離をおいて食べる事もままならなかった。幸い挫いているレベルだったので朝晩お世話する事で数週間で治り、元気を取り戻してくれた。...
junkoroberson
10月15日読了時間: 2分


ケアなしに大久野島のウサギを観光に使うのはやめよう
10/13/26 オンライン署名のお願い Change.orgにて大久野島のうさぎを救う署名を立ち上げています。Change.org/okunoshimarabbitwelfare 国立公園である大久野島には現在も多くのウサギが生息しています。観光客によって餌や水を与えられ、オス、メスが分けられることもなく乱繁殖を繰り返しています。 毎年訪れる観光客は20万人にもなり、その90%はウサギが目的だとアンケート結果にも示されています。 ほとんどの観光客はこの場所をラビットアイランドリゾートだと思っており、水桶が置いてあるのを見て、ウサギ達は管理、ケアされていると思っています。 しかし、真実は、これらのウサギ達は全く管理もケアもされていません。怪我や病気になっても、何もされることはなく惨めな死に方をしています。 水や餌を与えられることが十分でしょうか? 十分なはずはありません。ただ、数が増える事に繋がるだけです。病気や怪我をしても救いの手が伸びることはほぼありません。 写真、ビデオのウサギは今年の2月、発見した生後4−5週間の子ウサギです。幼いな
junkoroberson
10月14日読了時間: 2分


ウサギ保護体制を求める署名活動が支持されない事の意味とは?
10/11/26 私が1番恐れる事。 それは今こうして大久野島のウサギの救済に向けて署名活動を始めても署名数が集まらない事だ。Change.org/okunoshimarabbitwelfare それは何を意味するのか? それは大久野島のウサギの在り方が悪いと思ってる人がそんなに多くないという事だろう。 やっぱり可愛いウサギに癒されるよね。いっぱいウサギのいる島は楽しいよね。 ふれあい動物園の感覚で大久野島に来てるのだろうと思う。 しかし決定的に違うのは、大久野島には飼育員もいないし獣医に診察なんてされない。触れ合う時間制限もエサやり制限も何にもないのだ。 当然、ウサギ達は病気にもなるし怪我もする。なるべくしてなっている結果だ。 見るに忍びない息絶え絶えのウサギも、後から産まれてくる可愛い子うさぎ達に消去されてしまう。 惑わされてはいけない。大久野島のウサギの置かれた状況は虐待以外の何ものでもない。 犠牲になっている大久野島のウサギ達の状況を根本的に改善するのは私達、人間の責任である。
junkoroberson
10月12日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その20 ハンド
ハンド君は幼いウサギだった 左前足は折れている様だった 怪我にもめげず、頑張って食べようとした ハンド君は自分の行く末を知っていたのだろうか? 10/4/26 ハンド君と呼んだ子ウサギは左前足を怪我していた。 このように幼いウサギがこの怪我の状態でこの島で生き伸びる事はほぼ絶望的だ。 どうしてこういうウサギを病院に連れて行ってはいけないのか? これは私達自身も長年感じてきた事だった。 この頃のサイン(pic 5)の4番には ペット(生き物)を連れてこない。うさぎは持ち出さない。 という項目があり、そのすぐ下には、 動物遺棄は動物愛護管理法などで禁止されています。 とあった。これこそが、ウサギを病院に連れ出すことも、法律で禁じられているかもしれないと思った理由だった。 2024年6月に初めて病気のウサギ(思い出深いウサギ達 その4 ビジちゃん)を島から連れ出す前にウサギの連れ出しが違法でない事を知り愕然とした。 今まで私達は医療が必要なウサギ達を見殺しにした、という事実で頭を殴られたような思いだった。 現在のサインには動物遺棄のは文言はサインに
junkoroberson
10月5日読了時間: 2分


思い出深いウサギ達 その19 シャチ
しゃちは事実上の一匹狼であった 他のウサギに首を噛まれた 噛まれた傷のアップの写真 いつもひとりぼっちだったシャチ 多くの人に気遣われたシャチ いつも追われていたシャチ シャチは時計の12時の位置にいる 9/29/26 シャチは黒と白のまさにシャチを思わせる色合いのウサギだった。 主に第2桟橋に住んでいたがキャンプキッチンの公園あたりまで遠征する事もあった。 いつも1人で、常に追われており、逃げながら食べていた印象が強かった。逃げ足が速く、風のように現れ、風のように消えていく。そんな印象のウサギだった。 怪我をしてる訳でもないのにこのように健康でありながら仲間の中に入れないウサギにたまに会う。シャチもその1人だった。社交性の高いウサギ社会で1匹狼に生きていくのは必ずしも幸福とは言えないだろう。 私自身は、シャチが他のウサギと一緒に座っていたのを一度も見たことがなかった。 それでも、そのルックスから人気は高く気にかける人も多かったのでご飯はちゃんと食べれていたと思う。 シャチにとって、人間はウサギより安全で、安心できる存在だったのだろう。
junkoroberson
9月29日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その18 カイちゃん
カイちゃんは女帝だった カイちゃんは自分の名前を知っていた カイちゃんの晩年は辛いものだった 自分が最初に食べると相手を威嚇することも躊躇しなかった 9/28/26 カイちゃんは大久野島で松坂さんと同じくらい存在感があり、また長寿ウサギでもあった。相当多数の子供を産み、ほぼ女帝と言ってもいいくらいの存在だった。 海水浴場で産まれたそうで、女の子でありながら、プール付近に移住してきた。通常のウサギの習性とは違い、メスでありながらボスの地位を築いたカイちゃんにとって、移住は当たり前の行動だったのかもしれない。 その気の強さは筋金入りで、逆らうものには容赦なく威嚇し、自分が最初に食べる権利がある事を主張した。 カイちゃんは自分の名前がカイちゃんだと認識しており、名前を呼ぶとそれに反応する仔だった。それだけ、カイちゃんと話しかける人が多かったはずだ。 晩年はパスツレラも酷くなり、誰が見ても病気だったのは一目瞭然だった。そして、徐々に食べなくなっていった。 カイちゃんの幼い頃を見てた人には彼女の晩年の様子を見るのは辛かっただろう。家庭で暮らしていればあと軽
junkoroberson
9月28日読了時間: 2分


思い出深いウサギ達 その17 ステファニー
ステファニーは幸せに暮らせたと思わせる数少ないウサギの1匹だった 9/27/26 ステファニーと呼ばれたウサギは海水浴場に住む大家族の一員だった。 両親も同じテリトリーに住み、そこでパートナーと子供を持っていた。実家でお婿さんをもらうような感じと言ったらわかりやすいだろうか? 幼い頃は臆病だった性格も成長するに従い自信を持った立派な美しいお母さんで、3代、4代の家族と仲良く暮らせた数少ないラッキーなウサギだった マイケルはこの海水浴場で毎日何時間も立ってウサギを観察して、テリトリーの境界線やウサギ同士の関係を把握できるようになっていた。 男の子はある一定の月齢になるとテリトリーから追い出され、新しいエリアへの移動を迫られ、順応できず生き残れない場合もあるようだった。女の子は、実家の側にとどまり、自分の家族を築く。カップルの離婚(?)もあり、新しい夫と暮らし始め、古い夫が近所に暮らしている場合もあった。 大久野島のウサギは全て近親相姦で生まれたウサギで皆親戚だが、それでもテリトリー間のルールや親戚同士の確執はあるようで、争いは極めて暴力的な
junkoroberson
9月27日読了時間: 2分


思い出深いウサギ達 その16 フライガール
フライガールはとても優しい女の子だった 身体の周りにいつもハエが飛んでいた 息が苦しくなると上を向いていることが多かった 数知れない疾患を患っているように見えた 極端に痩せていた パートナーのウサギと グレーの子ウサギがフライガールの子供だったかもしれない 9/26/25 思い出深いウサギ達 その16 フライガールと呼んだ女の子のウサギは文字通り、ハエがブンブン体の周りに飛んでいたウサギだった。 その痩せた身体から明らかに重篤な病気にかかっているのではと感じ、いくら食べさせても体重は増えなかった。 フライガールは子供を産んでそれほど時間が経ってないのか、授乳してるのではと思わせる胸をしていた。こんな身体で妊娠、出産を強いられるのも酷な話ではないか。 オスもメスも一緒に暮らしている大久野島では妊娠、出産は頻繁に繰り返されており、どんなに多くのウサギが死んでも、どんどん産まれてくるという状況が繰り広げられ、観光に従事する側にとっては経費の全くかからない観光資源を持っているようなものである。 毎朝、ごはんをあげに会いにいくと、嬉しそうに見上げた
junkoroberson
9月26日読了時間: 2分


思い出深いウサギ達 その15ガリガリ
右下半身に重傷を負ったガリガリ ウサギとしてのQOLはもはや存在しない生活だった 背骨は歪曲して極端に痩せていた コンプレッサーの後ろやグレーチングの下に隠れることが多かった 9/25/26 ガリガリは観光客が車を止める第二桟橋で当初、血だらけの状態でマイケルが見つけたウサギだった。 最初の数日は一緒に居ようとするウサギがいたが、じきにたった一人でいることが増え、エアコンのコンプレッサーの後ろやグレーチングの下に隠れていることが多くなった。 どのような状況でこのような怪我が起こったのかわからない。ガリガリに痩せていた状態から、既に何かの病気や怪我をした後にこの大怪我をしたのかもしれない。私たちが見た状態は何かに巻き込まれたかのような傷つき方で、下半身の片側が潰れたようで背骨も歪曲していた。動くときには下半身を引きずり真っ直ぐではなく、斜め方向に進む感じだった。 痛みは相当なものだったと思う。それでもガリガリは食べようとした。 ガリガリは登ることも走り回ることも全くできず、行動範囲は極端に狭まれ、日々、生きていくだけで精一杯だったと思う。このウサ
junkoroberson
9月25日読了時間: 2分


思い出深いウサギ達 その14チャップ
同じ大きさだったチャップの子供だった月見ちゃん 9/23/26 タイガーカラー(オレンジと黒が混ざった)のウサギがちらほら増え始めた頃、生後2ヶ月くらいのウサギをビジターセンターの近くで見つけた。 驚くことに左足の先が何かでバッサリと切られていた。私はそのウサギの特徴で名前をつける傾向にあり、このウサギをチャップ(Chop)と呼んだ。どうやったらこんな傷口になるのか、と多くの人が虐待を疑った。 他のウサギのように走ることもできず、ぎこちな足を引きずっていた。 そんなハンディを負いながらも、テリトリーの中で一定のポジションを持ち、子供も産んだ。子供といっても、島では、ほとんど、同い年のようなものだ。写真やビデオを見返すとほとんどが食べている様子である。それだけいつもお腹を空かせていたのか、静止画の写真がほとんどなかった。その子供が大人になり、お母さんのチャップと一緒に食べているのを見ると(3枚目はチャップの子供)、こういうウサギでもこういう風に生きていけることに驚いたが、結局、1年半足らずでその命は消えている。 今でも、ビジターセンターの藤棚辺り
junkoroberson
9月23日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その13 ウララ
そのつぶらな瞳にみんなが魅了された ふわふわ毛は金色と白が混ざったような美しさだった みんなから特別扱いされていた 9/21/26 ウララ、と呼ばれたそのウサギが居た頃にはフワフワうさぎが現在ほど多くなく、そのフワフワさと可愛さが相まって絶大な人気を誇っていたのを覚えている。 私がこの仔に初めて会ったのはコロナの真っ最中で島に来るのはほぼ定期的に通う人だけだったと記憶している。 私はこの”ウララ”という名前のウサギのことを全く知らず、外周路で初めて見つけた時、つぶらな瞳でじっと見つめてくる様子になんて不思議なウサギなんだろう、と思ったものだ。ふわふわ毛も光ったような金色でこんなに可愛いウサギが大久野島で存在することの方が驚きだった。 このウサギ目当てに通う人達が何人も居て、ウララはみんなから特別に美味しいものをもらっていたようである。 同じウサギでもこのように別格の扱いを受けるウサギは長生きをする傾向にある。 ウララは外周路のどこかにお墓が作られ、毎年、お参りに来られる人もいるようだ。
junkoroberson
9月21日読了時間: 1分


思い出深いウサギ達 その12 オレオ
一人ぼっちでいることが多かったオレオ オレオは食べずにそこに居るだけだった 早朝の空腹時にも他のウサギ達と一緒に食べることはなく角で一人でいた 9/20/26 思い出深いウサギ達 その12 オレオ オレオを呼ばれた黒と白のふわふわウサギだった。幼い頃から、食べ物欲しさにフレンドリーな他のウサギ達とは違い、人慣れすることはなく、その性格が大人になれた理由かもしれない。 救出前のオレオは明らかにそれまでに見た様子とは違い、変な呼吸の仕方もしていて、ほとんど食べれていないことに危機感を覚えた。柔らかいもの以外は食べようとせず、その量も微々たるものだった。 救出後の検査で鼻の骨も耳の骨も感染症から溶けて消失してることを聞いた。嗅覚もほとんどなく重度の中耳炎で耳も聞こえていなかっただろうと。奥歯は複数の歯根が破壊されて食事も十分にとれていなかったのではないかとの診断だった。 オレオはどんな気持ちで暮らしていたんだろう?何も聞こえない生活。何も匂わない食べ物。 全てから隔絶されたようなオレオの振る舞いが診断内容を読んだ後、納得できた。ひとりぼっちでいる事が
junkoroberson
9月20日読了時間: 2分
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