治らないかもしれないウサギを見捨ててはいけない
- junkoroberson
- 7月31日
- 読了時間: 2分


7/31/26
大久野島からの医療救出に関し、助かる見込みがないなら島に残しておくべきだという意見がある。
何故だろう? 助かる見込みがない状態のウサギは食べることもままならず、周りのウサギを気にすることなどできない状態だ。
周りのウサギとてなすすべもなくただ苦しむウサギのそばにいるくらいだ。
重病に陥った時、天敵にとって喰われるのは時間の問題であり、究極の恐怖を味わうことになる。家族云々を考えるなら、その家族は苦しむウサギが襲われる現場を目撃することになる。
救出する意図は医療にかけて回復を望むことである。しかし、病状が予想より酷すぎて回復のチャンスが少ない時にも救出する意義は十分にあると私は思う。
一旦、救出されれば、手厚く看護され、実際の病状も明らかになり、大久野島で住むウサギの置かれた環境の酷さが島で生命をまっとうできるような場所ではないことが多くの人に知られることに繋がる。
救出されて無事、回復を遂げて幸せに暮らしているウサギも数多くいる。反面、重症すぎて救えなかったウサギもいる。
残念ながら、それは救出活動のさがとして受け止めるしかない事実であろう。
(2月に撮った訃報のあった海斗ちゃんと思われるウサギ。7月中旬に救出された海斗ちゃんは深刻な病を抱え、救命治療にもかかわらず2週間後に亡くなった)





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