安楽死の正当性
- junkoroberson
- 2024年9月27日
- 読了時間: 2分


9/27/24
私の兄は医者でした。
勤務中に院内感染でコロナにかかり肺繊維症を発症し1年の闘病後亡くなりました。この病気は治るものではなく余命も非常に短いものです。
機械で酸素濃度をあげてもいつも溺れているような感覚で、苦しくて苦しくて息をする事以外には何も考えられない、とまだ喋れる時にそう言っていました。何百、何千という患者の死に向き合って十分わかっていると思った筈の患者の苦しみは自分がその立場になった時、初めて実感した耐えがたい苦しみだったようです。
安楽死を望んでいましたが聞き入れてもらえず、オムツの寝たきり状態になり人間の尊厳を失った気持ちのまま、最後まで苦しんで亡くなっていきました。
私は6月初めにビジターセンターの前で痙攣してのたうち回っているウサギを見つけました。そのウサギは見る見るうちに悪くなっていき食べる事も飲む事もできず、亡くなるまでそう時間はかからないと思える程でした。箱に入れて人目につかないようビジターセンターの横を目隠ししておきました。
ところが翌日、既に発見から27時間以上経っているのに生きてました。苦しんでるのは明らかでこのままにはしておけないと私達は新幹線に乗って日曜日に開いている動物病院に連れて行きました。
電車の中でも状況は更に悪くなって顔からウジが湧き出し、私は指でそれを取り除いてウサギの目に入らないようにしました。
病院の先生は大久野島のウサギという事でやや冷ややかだった印象を受けました。既に瀕死の状態で入院も拒否され非常に簡単な処置のみでした。
ウサギはそれでも生きていて私は回復の見込みがないなら安楽死させてもらえないか聞くと先生はここに連れてくるということは何とか全てやってあげようと思ってるのだろう。
安楽死させるなら島にそのまま置いてきたら良かったんじゃないか、と言われました。
私の頭の中には瀕死でも生きてる状態でカラスやイノシシに食べられる光景が目に浮かびました。そっちの方が残酷だと思いました。非人道的だと感じました。結局そのウサギは苦しみながら数時間後亡くなりました。
私は何故か兄とこのウサギの状況がダブって見えてるような感覚に落ち入りました。
動物が苦しんでいて回復が全く期待されない時に苦しみから解き放つことは人道的だと認識されているアメリカと日本の状況は大きく違うとわかったのもこの時でした。





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