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餌やりと水やりは正当化できるのか?



2/22/26


誰も命の責任を取らない大久野島の環境の中で餌やり水やりをすることは正当化されるのか?それは本当にウサギの為になっているのだろうか?大久野島は環境省の管理下でありながら環境省はウサギの管理はしない、と明言している。管理しないというのはもちろんケアなどしないということである。それならば下記の問題の解決策は何なのか?- ウサギ達を分別、管理なしにケンカによる怪我はなくならない- 餌やりを禁止にしない限り、不適切な餌による病気、死亡はなくならない- 人とウサギの距離をおかない限り踏み潰し事故や抱っこからの落下事故による怪我、死亡はなくならない- 感染症のウサギを健康なウサギから隔離しなければみんな病気になり死亡は免れない- 避妊、去勢しない限りウサギの数は増え続けるウサギの管理なしにウサギを使った観光業が正当化されるとは思わないが、一体どのような経緯で餌やりや水桶の設置が許されるに至ったのだろう? 私は本当の意味でのウサギの管理のない状況のもとでの餌やりも水桶の設置も反対だ。究極的にウサギの為にはならない。昔ほど積極的に餌をあげることはなくなったものの、それでもお腹を空かせているウサギを目の前にして餌をあげないのは残酷だと感じ餌をあげる私自身も罪深いのは自覚している。これまでの環境省の一貫した姿勢を見るとウサギの管理に移行するとは考えにくい。それならば餌やりも水桶の設置もやめてほしい。現在の状況のままでは負の連鎖は半永久的に続くだろう。このままでは島のウサギの命は文字通り、使い捨てだ。


 
 
 

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