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誰がウサギを守るのか?

鼻の感染症が酷いウサギ
鼻の感染症が酷いウサギ
息絶え絶えだったウサギ
息絶え絶えだったウサギ

10/30/25

大久野島のウサギは環境省によって生態系被害防止外来種リストの「重点対策外来種」とみなされている。


何十年も前に島に家ウサギが捨てられたのだから”外来種”扱いされても不思議はないのかもしれない。


ウサギが病気や怪我をしていても何も手は下されない。それは島のうさぎの所有権が誰にもなく何もケアせずとも動物愛護法に触れないという理屈になるようだ。誰からも咎められないように上手く定義付けされた印象すら感じる。


しかも、大久野島未来作り実行委員会なるものが作ったルールを環境省のお墨付きで、島のウサギの連れ出しをしないようにお願いしている。本意は島のウサギにありうる病気が島外へ広まらないようにという目的であろうが、そのような病気が仮にあったとしても既に観光客によってそれは広まっている可能性の方が高いのではないだろうか?救出されるウサギは病院へ直行なのでその心配は必要ない。


ウサギに触らない、というルールも病気があるかもしれないからという理由づけになっているようだが、実際はウサギに噛まれて怪我をしない為にというのが本当のところではないだろうか?


かつてウサギがカラスに襲われないようにカラスよけグッズを巣穴に近い木々にぶら下げられたことがある。もちろん程なく全て撤去された。巣穴にいる子ウサギを守る為に巣穴に登らないようサインを掲げてほしいとリクエストした時も、環境省は”ウサギの為”にするサインなどは許さず人が怪我するという理由なら登らないようお願いするサインは場合によってはありうる、と説明を受けた。


残飯を問題視するのも天敵の増加によりウサギが襲われる懸念より、島の景観が損なわれる、衛生上好ましくないという事なのだろう。


つまり、サインにある文言は近年、多少の改善は見られたものの基本的に決してウサギの為にあるものではなく、人を守る、島の自然を守る為のルールだと言わざるをえない。それでも環境省は本来許さない国立公園である大久野島でのエサやりも水桶の設置も竹原市に許している。


餌や水を与えるということはどういうことか理解しているだろうか? それは命に責任を持つということである。


環境省の言及する ”自然のままに” というアプローチは 私に言わせれば ”放置”であり、竹原市がウサギによる観光収入を得ている限り傷病ウサギの放置は立派な動物虐待だと思う。観光客の無責任な不適切な餌やり、子供によるウサギを怪我させる行為の数々。それらに起因する数知れぬウサギの死。


かいがいしくウサギの世話をするボランティアさえウサギの病気、怪我に慣れてしまってその短命の現実を受け入れてしまい、病めるウサギの救出活動に対しルールを破っていると批判、中傷する有り様。元気でいてほしいと給水、給餌する人間のすることかとその矛盾の理解に苦しむのは私だけなのだろうか? 


最後まで面倒見るつもりがないのならエサやりも給水することも究極的にウサギの為にはならないと思う。


大久野島は近い将来、何か本当に変わるのだろうか?


ウサギによる観光収入が絶対必要な竹原市はどう対処するつもりなのだろう? Sustainable tourism が本当に存在するなら早く提示して欲しいと思う。


対策不足が原因で相当数に増えたイノシシによるウサギの捕食は起こっている。それはウサギの遺体の発見数が激変した事からも窺える。このままではかつてウサギの島と呼ばれた程の島の景色は全く違うものになる可能性が高くなってきた。


一体、誰がウサギの命を守るのか? いつでも犠牲になるのは他の誰でもない島のウサギ達だ。

Ohkunoshima tragedy still goes on…….


この状況を抗議して頂けるようご協力お願いします。


中国四国環境省事務所国立公園課

 
 
 

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