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ウサギの喧嘩が感動を呼ぶ?

2025年5月、ケンカで失明寸前だったところを救出されたカノン(銀)ちゃん
2025年5月、ケンカで失明寸前だったところを救出されたカノン(銀)ちゃん

3/6/26


- 激しいケンカをして傷ついても野生のウサギはたくましいのだと感動させられる


- 大久野島の生き生きとしたウサギの姿に感動する


- 大久野島のウサギは決して可哀想な存在ではない



大久野島の実態を本当にわかっていない人達がよく口にする言葉である。



激しいケンカをして傷ついたウサギは命を失うことが多々ある。日帰りで見た人はそのウサギがのちに亡くなる事実を全く考えていない。



お互い傷つけ合うのを見て一体何に感動するのか、教えてほしい。



生き生きとしてる時も確かにある。しかし幸せで平和な生活は決して保証されておらずその多くは短い一生を終えているのだ。



何度でも言うが大久野島のウサギは人間によって遺棄された後に乱繁殖した家ウサギの集団以外の何者でもない。



何故短命なのか? それは過酷な天候、ウサギ同士のケンカ、餌やりの過程での踏まれ事故や抱っこした後の落下事故が絶えないからだ。密集度の多い場所ではパスツレラなどの病気はあっという間に広がる。



私は島に通う大多数の人が大久野島のウサギの命をしょうがないと、はなから諦めてしまっていると感じる。


助ける事が難しいのは理解できる。



でも儚いウサギ達の命に大久野島のウサギだからと言って言い訳や妥協するような気持ちを持ってほしくない。



環境省に訴えてこの状況を変えてウサギ達が本当に幸せに暮らせる環境を構築してもらうようお願いすべきだと思う。



大久野島のウサギ達は病気や怪我をしても


誰にもケアされてないんですよ。忘れないでください。

 
 
 

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